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地球・絵手紙絵ネット協会会長 木下 誠



<第3話 夏が来ると思い出す>

 絵手紙を始める前までは、風景を描くばかりで、野菜・果物など部屋の中で、静物を描くという経験はありませんでした。ところが、絵手紙ということを知り、自分の趣味として、毎日描くようになりました。
 ある人と三百六十五日交換するようになり、外に出て風景をスケッチする時間はとれないので、必然的にその時々の野菜など四季に収穫できるものに、目が向くようになりました。

 夏が来ると思い出します。それは二十四年前の夏のことです。私は、絵手紙にはじめてのトマトを描きました。近所の農家自家製の、まだ青い色の残る形がいびつなトマトでした。そのトマトの形を描き、色を着けながら、いろいろなことを更に思い出していました。それはまた遠い遠い昔の、私の中学生の頃の、真夏のことでした。
 大きな戦争が始まっていました。私は五人兄弟の三男ですが、長男は海軍、次男は陸軍に学徒出陣で行方は知れませんでした。私の下に妹と弟がいましたが、父母を手伝って田畑の作業をよくやりました。
 当時から戦後にかけて食糧難の時代でした。中学校へは片道五キロを徒歩で通いました。学校から帰ると汗をぬぐう間もなく、野菜畑にとんで行き、赤いトマトを探して食べました。今でもそのトマトの青臭い味を、忘れたことがありません。その後、社会人となつて、あちこちに転勤して歩き、生活に変化もありましたから、その時々の体験が、絵手紙を描く時の糧となつているのかも知れません。

 最近、いちばん感じるのは、「絵を描く際のモチーフ」のことです。最初に書いた「真夏のトマト」の思い出に関連するのですが、絵手紙を初めた頃は「これを描いて見せて」と声をかけられると「はいよ」と、すぐ描いたものです。しかし、最近は「このモチーフは、感動しないから描けません」とお断りすることもあります。それは、いざ描いてみると、気持が乗るものと乗らないものがあることに気づいたからです。モチーフにより、感動するものと感動しないものがあるためです。
 現在八百屋では、一年中トマト・キュウリや茄子など何でも売っています。こんな世の中、よいのか悪いのか、分かりませんが、私は、絵手紙の絵には、季節が外れた、旬でない時期のものは、選ばないように心がけています。
 旬には他の季節には味わえない感動・感激があります。この感動を感じながら描いた絵は、形がヘタであっても、見る人に感動を与えるものです。その点、風景スケッチは正直です。戸外に出て、大自然の中に踏み込むと、春夏秋冬それぞれの旬の彩りが迎えてくれます。四季のはつきりした国に生まれた幸せを、いつも感動して描かせてもらっています。

地球・絵手紙絵ネット協会会報 「絵てがみの心」より抜粋(無断転載を禁じます)

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